メインコンテンツへスキップ
  1. 蛙鳴町(あめいちょう)奇譚/

百年の針

若葉の風が踏切の向こうから人波を連れてくる朝、スパイスは布に包まれた古い計測器を抱えて工房から出てきました。

広場の石畳に腰を下ろし、布をそっと開くと、金属の縁が傷み文字盤がすっかり黄ばんだ器具が現れました。でも針だけは今日も迷わず、まっすぐを指しています。スパイスは手帳を開き、日付と数値を書き込み、顔を上げもせずに言いました。

「節目には数字を残す」

「今日は百年か」

ベンチのソンチョーが桜餅の包みを膝の上で丸め、シルクハットのつばを押さえながら空を見上げました。

「わしが若い頃、戦地から戻った者が口を揃えて言うておった。激しい時代が過ぎると、しばらく何もかもが夢のように見える、と。夢から醒めた朝に初めて、守りたかったものの形が分かる、と」

踏切のそばから子どもの声が弾けました。連休で帰ってきた誰かを、誰かが出迎えているようでした。

スパイスは計測器を布でゆっくり包み直し、小さく頷きました。

「次の百年の誰かへ」

ソンチョーには聞こえなかったかもしれません。でも「フェっフェっ」という笑い声が広場にこぼれたので、聞こえていたのかもしれません。

余白: その夜、スパイスの引き出しに戻った計測器の隣には、ソンチョーがこっそり押し込んだ桜餅の包みが一つ、そっと添えられていた。


【本日の雫】

  • 昭和の日(4月29日): 昭和天皇の誕生日にちなんだ国民の祝日。「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす日」とされている。2026年は昭和元年(1926年)から数えてちょうど満100年の節目にあたる。
  • ゴールデンウィーク: 昭和の日を皮切りに、憲法記念日・みどりの日・こどもの日と続く大型連休。日本各地で帰省や旅行がピークを迎える。