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  1. 蛙鳴町(あめいちょう)奇譚/

タスキの重さ

春の霞が龍神様の湖から石造りの橋まで流れてくる、静けさに満ちた朝だった。

「見ていろよ、今日こそ俺が……!」

コポーは荷物袋の端切れで縫い合わせた布の帯を首にかけ、一人で広場を走り出していた。ゴールは決まっていない。ただ届けたい場所があった。

「走ってどこへ?」

石垣の陰からモッチーが顔を出した。今朝も田んぼの畦から重たい荷を担いできた大きな手が、コポーの前に静かに差し出された。

「俺に渡せ。ここから先は俺が運ぶ」

「……は? お前に、渡す?」

コポーの足が止まった。タスキを人に渡す。その感覚がどうにも腑に落ちない。最後まで自分で走りきってこそ格好がつく――そのはずだった。

「渡せなかったら、どこにも届かないぞ」

しだれ桜の根元でソンチョーが「フェっフェっ」と笑った。膝の上には古びた行程図が広げられていて、何百里も続く東海道の線が春霞の向こうへ消えていた。

「昔な、一人では歩ききれない道を、人は繋いで走ることにしたのじゃ。タスキひとつに込められるのは自分の意地じゃなく、次の足への信頼じゃ」

モッチーの手が、開いたまま待っていた。

コポーは一度だけ唇を噛んだ。それからゆっくりと、布の帯をモッチーの首へかけた。温もりが移る瞬間、なぜか胸の奥が少しだけ軽くなった。

「……絶対、ちゃんと届けろよ」

「任せとけ」

モッチーは太い足で地を踏み、橋の向こうへ駆け出した。春霞の中に消えていくその背中に、コポーは声を出さず「頼む」と口を動かした。

余白: 夜、コポーは明日の分のタスキを、少しだけ長く縫い直していた。


【本日の雫】

  • 駅伝誕生の日:1917年(大正6年)4月27日、京都・三条大橋から東京・上野不忍池まで約508kmを走る「東海道五十三次駅伝競走」が開催された。仲間へタスキをつなぐ日本独自のリレー競技の誕生日。
  • 絆の日:「きずな(2・7)」の語呂合わせから制定された、人と人のつながりを大切にする日。