メインコンテンツへスキップ
  1. 蛙鳴町(あめいちょう)奇譚/

いちばん長い帰り道

蛙鳴町奇譚:いちばん長い帰り道
#

四月の朝は、池の面がきらきらと光って目を細めたくなるほど眩しかった。

「コポー兄ちゃん、どこ行くの?」

ミニコーの声に、コポーは振り返らず答えた。「決めてない」

昨夜、スパイスの工房でうっかり見てしまったのだ——液晶の画面いっぱいに広がる、雪の平原。黒白の生き物たちが縦に一列に並んで、ただひたすら歩き続けていた。目的地なんて画面の外だ。それでも全員が同じ方向を向いて、歩いていた。

ミニコーは何も訊かず、短い足でぱたぱたとついてきた。

川沿いの桜はもう散りかけていたが、足元の草はやわらかく、踏むたびに春の匂いがした。石畳を抜け、草原の坂を越え、カエル山のふもとで二匹はようやく立ち止まった。足の裏が、じんわりと温かかった。

「ずいぶん歩いたね」

ミニコーがほっぺたを押さえた。コポーも少し息を切らしながら、遠くの山並みを眺めた。蛙鳴町がずっと小さく見えた。池の青さも、しだれ桜の白さも、ここから見るとちゃんとひとつの場所に収まっていた。

「あのさ」とコポーが言った。「ペンギンって、何十キロも歩くんだって。卵を育てる場所を目指して。毎年、同じ場所に帰ってくるんだって」

「知ってる。スパイスが調べてたんでしょ」

「……なんで帰れるんだろな。地図もないのに」

ミニコーはしばらく考えてから、にっこりした。

「体が覚えてるんじゃないかな。ここだって分かる場所が、ちゃんとあるんだよ」

コポーは空を見上げた。ハッシーの黒い影が、遠く旋回していた。

帰り道は来た道より短く感じた。池の畔に戻ると、ケロミが水面を見ながら鼻歌を歌っていた。歌詞はなかったけれど、春の光の中に溶けて、足のうらからじわりと温かくなるような音だった。

コポーはポケットに手を突っ込んで、道中で拾った小石をひとつ、そっと握りしめた。

「また来ようか」とミニコー。

「うん」

それだけで十分だった。

余白: その夜、ミニコーは自分の地図帳を開き、「カエル山のふもと」と小さな字で書き込んだ。


【本日の雫】

  • 世界ペンギンの日(World Penguin Day):毎年4月25日。コウテイペンギンが繁殖地を目指して海岸から50〜160kmにわたって内陸を行進する時期にあわせて制定された国際記念日。