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  1. 蛙鳴町(あめいちょう)奇譚/

生放送の午後

龍神様の池の畔に、春の陽が均等に降りていた。

「試験放送、テスト……」

スパイスが廃材のダイオードとアルミ板を組んだ装置のつまみを回しながら、白いコートの袖をまくり上げた。几帳面に並べられた基板の上で、細い針が右へ右へと揺れている。「この周波数なら、蛙鳴町全域に届く」

コポーがいち早く飛びついた。

「待ってました! オレの番組、今日からはじまりますよ! 題して——『コポーキング・タイム』!」

「……名前だけは考えてきたんだな」

スパイスが淡々と言ったが、コポーはすでにマイク代わりの竹の切れ端を両手で掴んで仁王立ちになっていた。

針金で作られた手作りの赤いランプが、チカリと灯る。

沈黙が来た。

コポーはマイクを握ったまま、喉がふさがった。何か面白いことを言おうとしていた。それがわかるほど顔が赤くなっていく。耳まで。首まで。

「えーと」

また沈黙。

池のほとりを、ケロミが洗濯物を抱えて通りかかり、赤ランプを見て足を止めた。コポーと目が合う。助けを求めているのか恥ずかしいのか、判断のつかない顔だった。

ケロミは少し考えてから、竹のマイクにそっと手を添えた。コポーはするりと後ろに引いた。

「こんにちは、蛙鳴町。今日は春のまんなかです」

ケロミの声が、スパイスの装置を通して空に溶けていった。

高くもなく低くもない、ただそこにある声で。

川沿いのソンチョーがベンチで目を細めた。モッチーが畑仕事の手を止めた。遠くで、誰かが窓を開ける音がした。

「……フェっフェっ。創るのは、装置ではないのう」

竹をケロミに譲ったコポーは、池のふちにしゃがんで水面を見ていた。自分の声が、どこへも届かなかった午後のことを、たぶんしばらく忘れられない。

余白: その夜、コポーが口のなかで「こんにちは、蛙鳴町」とこっそり練習していたのを、誰も知らなかった。


【本日の雫】

  • 民放の日:1952年4月21日、日本民間放送連盟(民放連)が発足した日。民間が「声」を電波に乗せ、日本中に届けはじめた記念日。
  • 創造性とイノベーションの世界デー:国連が制定した国際デー。新しいものを生み出す力と、それを世界と分かち合う勇気を称える日。