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  1. 蛙鳴町(あめいちょう)奇譚/

届かない声の先へ

スパイスの工房には、春の夕光が傾いて差し込んでいた。

作業台の上には錆びた螺旋と古いコンデンサが山のように積まれ、その中央に鈍い銀色のアンテナが一本、斜めに刺さっていた。スパイスは半田ごてをそっと置き、ヘッドフォンを耳にあてた。

「ザーッ……ザーッ……」

雑音の向こうに、か細い何かがある。声のような、風のような。

「なーに作ってんの?」

コポーがドアを足で蹴って入ってきた。片腕にアイスキャンディーを三本抱えている。

「アマチュア無線機。遠い場所の電波を拾える」

「え、遠くの女の子の声も聞こえる?」

スパイスは答えずにヘッドフォンをコポーへ渡した。コポーは半信半疑で耳にあてる。

「……ザーッ……ザーッ……」

何も聞こえない。

ただ、その雑音の奥に、どこか懐かしい匂いがした。雨あがりの土の匂いと、遠くの煙の匂い。線路の向こうから流れてくる、知らない誰かの夕飯の気配。

「誰かいるのか、これ」

「いるかどうか分からん。でも電波は届いてる。向こうからも、こっちの電波は届いてる」

コポーはヘッドフォンをそっと外した。アイスキャンディーが一本、すでに半分溶けていた。

「……それって、話せなくてもいいの?」

スパイスは何も答えず、またヘッドフォンを耳にあてた。

余白: その夜、コポーは窓から夜空を眺め、「俺の声も、どこか遠くに届いてたりするかな」と誰にも言わないままつぶやいた。


【本日の雫】

  • 世界アマチュア無線の日:1925年4月18日、パリのソルボンヌ大学でIARU(国際アマチュア無線連合)が創立されたことを記念する国際デー。顔を知らない相手と電波で繋がり合うことを祝う。