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  1. 蛙鳴町(あめいちょう)奇譚/

泥の底の夢

春の土用、池のほとりは土がやわらかく、踏み込むたびに甘い泥の匂いが立ちのぼった。

コポーは朝からしゃがみ込んでいた。特に理由はなかった。強いて言えば「何かがある気がする」という、根拠のない確信だけがあった。

「……あった」

指先に固いものが触れた。泥をかき分けると、こぶし大の丸い石が姿を現した。表面が細かく凸凹していて、重さが手のひらに不思議なほど馴染む。普通の石とは少し違う、どこか呼吸しているような感触だった。

「スパイス!ちょっと来て!」

スパイスは工房のガジェットを置き、無言でルーペを取り出した。白いコートをはためかせながら、じっくりと石を観察する。それから聴診器に似たセンサーを静かにあてがった。

「……生き物の記憶がある。でも、これはずっと前のものだ」

「ずっと前って、どのくらい?」

「この町ができる前より、さらに前。土の底で、ずっと眠っていた」

しだれ桜の下でソンチョーが桜餅をもぎながら、二人に目を向けた。石を手に取り、シルクハットのつばを少し上げた。

「遠い砂漠を何日も歩いた者がいて、誰も見たことのないものを掘り当てた。その記憶が、時を渡って今日お前の手に届いたのかもしれん」

コポーは石を見た。地味で、泥くさくて、どこにでもありそうな形をしていた。でも確かに、どこかへ向かいたがっているような重さがあった。

「…砂漠って、どんな場所ですか」

「何があるか分からんから、歩いていける場所じゃ」

ソンチョーはフェっフェっと笑い、桜餅の最後のひとかけを口に放り込んだ。コポーはもう一度、石の凸凹を指でなぞった。春の風が池の面を揺らし、石の表面に光の文様が静かに揺れた。

余白: その夜、石は窓辺に置かれた。コポーは一度も月を見上げなかった。


【本日の雫】

  • 恐竜の日:1923年4月17日、動物学者ロイ・チャップマン・アンドリュースがゴビ砂漠探検のため北京を出発。後に世界初の恐竜の卵の化石を発見した。
  • 春の土用:4月17日頃は春の土用の期間。土を掘ることを忌む地方もある、季節の節目。