しだれ桜が水面に枝を伸ばす朝、広場の石畳に泥の足跡が点々と続いていた。
「決めた。僕は蛙鳴町で一番カッコいいカエルになる」
コポーは、木の棒を石畳の隙間に突き立て、手書きの旗をくくりつけた。インクはにじんで「カッコいい」の文字が半分かすれていたが、本人は気にしなかった。
「一番乗りで宣言したもの勝ちだからな」
しだれ桜の根元、古びた長椅子からソンチョーが「フェっ」と一声、桜餅の包みをそっとたたんだ。
「コポー。その旗に書いたもの、ほんとうの大志に近いか? 大きく叫べばよいというものでもなかろう」
「大志ならありますよ。カッコよくなること、以上」
「……では問う。雨の夜、誰も見ていない泥の中で、一人で転んだことがあるか。旗というのは、そういう夜の数だけ、少しずつ高くなるものじゃ」
コポーは棒を握り直した。答えが出なかった。
夕暮れ、ミニコーが駆けてきた。手には丸めた古新聞で、「Boys, be ambitious」という一文に鉛筆の丸がついていた。
「兄ちゃん、大志って、なりたい自分のことじゃなくて、誰かのためにどこまで行けるか——なのかなあって、思ったんだ」
コポーは何も言わなかった。広場の旗が、春の夕風にゆっくりと揺れていた。
余白: その夜、コポーは誰にも言わずに旗を書き直した。翌朝、その文字を読んだのはミニコーだけだった。
【本日の雫】
- Boys, be ambitious(少年よ、大志を抱け):1877年4月16日、クラーク博士(ウィリアム・スミス・クラーク)が北海道開拓使の職を終えアメリカへ帰国。別れ際に残したとされる言葉。札幌農学校(現・北海道大学)の礎を築いた。