春の嵐が過ぎ去り、蛙鳴町の空気は洗われたように澄み渡っていました。 今日は3月27日。カレンダーには「さくらの日」と記され、町のあちこちでピンク色の蕾が誇らしげに膨らんでいます。
町の端にある池の畔では、ビピクがスマホの画面をじっと見つめていました。画面に映っているのは、今日都会にオープンした巨大施設「ドリームパーク」の華やかな映像。最新の光の演出、空を飛ぶようなアトラクション、そして完璧に整えられた庭園。
「……綺麗。ここなら、泥にまみれることも、格好悪い自分を見られることもないのかな」
完璧であることを求められ、それに疲れを感じていた彼女にとって、都会の作り込まれた「夢」は、どこか救いのように見えていました。
「ビピクさん、そんなに画面を睨んでどうしたの? 眉間にシワが寄ってるわよ」
声をかけたのは、近くで発声練習をしていたケロミでした。彼女の明るい声が、ビピクの硬い心をわずかに解かします。
「都会にね、素敵な場所ができたみたいなの。失敗なんて一つもなさそうな、完璧な夢の庭」
「へぇ、面白そう! でも……」
ケロミはふっと視線を足元に落としました。そこには、昨夜の雨で散ってしまった数片の桜の花びらが、泥の中に半分埋まっています。
「ここの桜は、雨が降れば散っちゃうし、泥もつく。でも、だからこそ私は、散る前に一番いい声で歌いたいって思うの。完璧じゃないから、愛おしいっていうか……あ、ちょっとカッコつけすぎちゃったかな?」
ケロミが恥ずかしそうに笑ったその時、池の向こうから「うわあああ!」という叫び声が響きました。
見ると、コポーがペーシャンのモチモチした背中に飛び乗ろうとして目測を誤り、そのまま池へとダイブしたところでした。慌てて助けようとしたタッチーも、長い足が仇となって自分までバランスを崩し、優雅なキメポーズのまま水面に突っ込んでいきます。
「……フェっフェっ。今日も元気なことじゃ。龍神様も退屈せんわい」
しだれ桜の木陰で、ソンチョーが可笑しそうに目を細めていました。
ビピクは、泥だらけで言い合いをしているコポーたちと、その横で静かに咲き誇る本物の桜を見比べました。都会のドリームパークには、こんな不恰好なハプニングも、泥の匂いもないでしょう。
「……そうね。完璧な夢もいいけれど、私はこの『格好悪い日常』の方が、今は少しだけ好きかもしれない」
ビピクはスマホの電源を切り、ポケットにしまいました。そして、泥のついた桜の花びらをそっと拾い上げると、ケロミの歌声に合わせて小さくハミングを始めました。
蛙鳴町の「さくらの日」は、都会のニュースよりもずっと静かで、けれど誰かの心を少しだけ前向きにする、優しい一日となりました。
【本日のモチーフ:2026年3月27日】#
- さくらの日: 3月27日の記念日。七十二候の「桜始開(さくらはじめてひらく)」に重なる時期。
- TOKYO DREAM PARK 開業: 都会で新しい大型施設が誕生したという時事ニュース。
- 不完全の美: 都会の完璧な施設と、蛙鳴町の泥臭くも愛おしい日常の対比。