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  1. 蛙鳴町(あめいちょう)奇譚/

水の記憶

世界水の日に、スパイスが龍神様の湖の水質データを読み上げた。

「透明度、pH、溶存酸素量——すべて正常範囲内。この町の水は、今も清潔だ」

ソンチョーが湖面を見ながら言った。

「水は記憶を持つ、という。昔の人はそう信じていた」

「科学的根拠はない」

「そうかもしれん。しかしこの湖は、龍神様が怒った年も、争いが続いた年も、同じ場所で同じように光を返してきた」

スパイスが端末を閉じた。データより古いものが、そこにあった。

「……測れないものがある」

「そうじゃな。でもスパイス、測ろうとしてくれることが——水にとっては、一番の礼儀じゃないかのう」

春の光が湖に落ちて、揺れた。スパイスがもう一度端末を開いて、今度は「記録日:春、清潔」とだけ書いた。

余白: スパイスのデータログに「感情的余白」という名のフォルダが、その日初めて作られた。


【本日の雫】

  • 世界水の日(3月22日): 国連が制定した国際デー。世界の水資源について考え、安全な飲料水へのアクセスの重要性を広める日。