誰もいないと思っていた。
ケロミが広場のしだれ桜の下で、発声練習の次に好きな歌を歌っていた。本番のためではなく、今日この瞬間のためだけに歌う時間。少し声が震えていたのは、花粉のせいではなかった。
コポーは物陰で動けなかった。
偶然通りかかっただけのつもりが、足が止まった。一小節聴いたら二小節、二小節聴いたら三小節。ケロミの声が桜の枝を揺らし、春の空気に溶けていった。
最高に上手かった。
「……(絶対言えない)」
コポーが決意した。
ケロミが歌い終わって振り返ったとき、コポーはもう走って逃げていた。
余白: コポーの心臓の音は、ケロミの歌声の三倍の速さで刻んでいた。
【本日の雫】
- ミュージックの日(3月19日): 3(ミュー)19(ジック)の語呂合わせから制定された、音楽を称える記念日。