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  1. 蛙鳴町(あめいちょう)奇譚/

苦い砂糖

砂糖の日なのに、ソンチョーはお茶に砂糖を入れなかった。

「今日は苦いままがいい」

コポーが隣に座り、湯飲みを覗き込んだ。

「なんで? 苦いの嫌いじゃない?」

「昔は好きだった。でも今日だけは、苦さを覚えていたいんじゃよ」

三月の朝の空気は、まだ少し冷たかった。広場の石の上に、冬の残滓がうっすらと白く乗っていた。

「何かあったの?」

ソンチョーが空を見た。青かった。どこまでも青い、嘘のような空だった。

「ずっと昔のことじゃ。この空の色と同じ夜に、遠い都会で大きな火が——」

コポーは黙った。

二匹はしばらく、同じ空を見ていた。

「……砂糖、入れてあげようか」

「もう少しだけ、苦いままでいい」

余白: ソンチョーはその日、誰にも言わずに池の畔で手を合わせた。


【本日の雫】

  • 東京大空襲忌(3月10日): 1945年3月10日未明、アメリカ軍による東京への大規模な空爆。一夜で約10万人が犠牲になったとされる。
  • 砂糖の日: 3(さ)10(とう)の語呂合わせにちなむ記念日。