砂糖の日なのに、ソンチョーはお茶に砂糖を入れなかった。
「今日は苦いままがいい」
コポーが隣に座り、湯飲みを覗き込んだ。
「なんで? 苦いの嫌いじゃない?」
「昔は好きだった。でも今日だけは、苦さを覚えていたいんじゃよ」
三月の朝の空気は、まだ少し冷たかった。広場の石の上に、冬の残滓がうっすらと白く乗っていた。
「何かあったの?」
ソンチョーが空を見た。青かった。どこまでも青い、嘘のような空だった。
「ずっと昔のことじゃ。この空の色と同じ夜に、遠い都会で大きな火が——」
コポーは黙った。
二匹はしばらく、同じ空を見ていた。
「……砂糖、入れてあげようか」
「もう少しだけ、苦いままでいい」
余白: ソンチョーはその日、誰にも言わずに池の畔で手を合わせた。
【本日の雫】
- 東京大空襲忌(3月10日): 1945年3月10日未明、アメリカ軍による東京への大規模な空爆。一夜で約10万人が犠牲になったとされる。
- 砂糖の日: 3(さ)10(とう)の語呂合わせにちなむ記念日。