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  1. 蛙鳴町(あめいちょう)奇譚/

仮面の下の桜色

三月の風が駅前広場を吹き抜け、まだ開かない桜のつぼみが枝の先でぎゅっと身を縮めていた。

「……届かない」

ミニコーが踏み台代わりにした石の上から、掲示板の高い位置に向かって精一杯手を伸ばしていた。「ねえさんへの誕生日カード」と書かれた紙。住所の欄には「世界中のどこか」と書いてある。

「手伝おうか」

声をかけたのは、白いマスクを顎まで引き上げたマスクメンだった。いつもの見回りより少し早く、なぜか今日は広場を通りかかっていた。

「ありがとう! でも、なんで今日こんなに早いの?」

「……ただ、歩いていただけだ」

マスクメンはミニコーを軽々と肩に乗せ、カードを掲示板の高い位置にそっと貼らせてやった。分厚い手が、ミニコーの小さな背中を静かに支えていた。

ソンチョーがしだれ桜の下でせんべいをかじりながら、二人をじっと見ていた。

「昔この町に、名もない町人のふりをして広場を歩く奉行がいたというのう」

誰に語りかけるでもない声だった。

「変装がうまかったのではなく、そのひとが本当に、町のひとびとと同じ目の高さで生きておったから——誰も気づかなかったのじゃよ。フェっフェっ」

マスクメンは何も言わなかった。ただ、ミニコーを地面に降ろした後、なぜか急に背筋を正した。

「カードって……伝わるのかな。世界中のどこかって書いたし」

「伝わるよ」とミニコーは笑った。「届かなくても、書いた気持ちは本物だから」

マスクメンは「そうか」とだけ言って、見回りの続きへ歩いていった。マスクの縁が、少しだけ赤くなっていた。

余白: その夜、掲示板に貼られたカードの隣に、誰かが「気持ちは届く」と書いた小さな付箋を一枚、そっと添えていた。


【本日の雫】

  • 遠山の金さんの日(3月2日): 遠山景元の命日。江戸時代の南町奉行で、庶民に変装して事件を探ったとされる。「桜吹雪の刺青」で知られる人物で、3月2日はその命日にちなむ記念日。
  • ミニの日: 3(み)2(に)の語呂合わせから、小さいもの・ミニチュアを愛でる記念日。