梅雨が明けきらぬ朝、蛙鳴町の古い踏切には、どこか薄荷めいた冷気が漂っていた。
ミニコーが都会から運ばれた新聞を膝の上でひらき、兄のいない縁側でひとり呟く。「……都の物理学者が言うには、この世は本当は九つの次元でできていて、僕らはそのうち三つしか畳めずにいるらしい」。折り畳まれて見えなくなった残り六つは、指の先ほどの隙間に潜んでいるのだという。
梅雨の晴れ間の午後、踏切の警報機だけが静かな蛙鳴町を区切っていた。
「キリガミネン、また今日もここにいるんだね」
コポーが声をかけたのは、駅ホームの端に立つ白い大きな体へだった。キリガミネンは返事をしない。それがいつものことだと、コポーは知っている。
踏切の警報機が、のどかな空気に規則正しいリズムを刻んでいる。 線路脇の土手では、菜の花が競うように黄色い火を灯し、風が吹くたびに甘い香りが鼻腔をくすぐった。