朝靄の残る駅前広場に、ソンチョーの黒いシルクハットが朝日を跳ね返していた。いつものベンチで桜餅を頬張るその姿に、コポーが息を弾ませて駆け寄ってくる。
朝霧がまだ薄く川面に残るころ、蛙鳴町の石橋には、いつもより多くの人影が集まっていました。年に一度、欄干に刻まれた龍神様の彫刻を洗い清める「橋洗い」の日です。
夏の日差しが龍神様の池に照り返し、白い光の粒があたり一面に散っていました。記録の蔵の裏手では、蜜蝋の甘い匂いがほんのり漂っています。
「……ダメだ。また潰しちまった」
夕方の川風が、しだれ桜の葉を揺らしていた。橋のたもとで長い脚を持て余すように投げ出していたタッチーの前に、スパイスが黙って一枚の雑誌の切り抜きを差し出す。
夏の強い日差しが、蛙鳴町駅の古いトタン屋根を焦がしていた。 ホームのベンチでは、白くまのキリガミネンが静かに目を閉じ、その周囲だけ冷んやりとした川霧のような涼風が漂っている。
梅雨明けの蒸し暑い宵、龍神様の湖畔に、蛍とも違う淡い青緑の光が無数に瞬いていた。羽音はなく、風に流されることもない。住人たちはそれを「龍灯虫(りゅうとうむし)」と呼び、夏の初めにだけ現れる不思議な光として、特に驚きもせず眺めていた。
夏の陽射しが川面に反射し、石造りの橋の欄干にキラキラと光の網を投げかけている。むっとするような草いきれの中に、川底から立ち上る冷たい水の匂いが混ざり合っていた。
薄暮の記録の蔵に、タッチーは忍び込んだ。
正確には「忍び込んだ」というより、脚のあまりの長さゆえに鴨居をまたぐ動作が、傍目にはどうにも怪しく映るのである。
深夜零時を越えてもなお、広場の隅で古いテレビがぼんやりと青い光を放っていた。
スパイスが引いた延長コードが石畳を這い、緑の芝生を映す画面の前に三つの影が並んでいる。六月の夜気は湿り気を帯びて、龍神様の祠の方からカエルたちの鳴き声がリズムよく届いてくる。
六月の雨が、広場の土をしとしとと黒く濡らしていた。
「ふっふっふ、今こそ俺の本領発揮だぜ」
コポーは、ミニコーが新聞から切り取ってきた白黒の写真をポケットにしまい、泥だらけの丸いボールを蹴り上げた。遠い大陸の緑の芝生で、蛙色のユニフォームが駆け回っているというそのニュースが、どこかコポーの血を沸かせていた。
記録の蔵の天井から、それは吊るされていた。
いつ、誰が設置したのか——蔵番の古い台帳にも、スパイスが精緻に整えたデジタルアーカイブにも、その一行は存在しない。ただ蛙鳴町の住人が記憶している限り、あの細い鋼線と鉄の球は、ずっとそこにあった。纏う埃はほんの薄く、薄い光の中で、ゆっくりと、ほとんど気づかぬほどに、一日の間に向きを変えながら揺れ続けている。蔵を訪れる者は大抵それに気づかず、気づいた者も特に問わなかった。
蛙鳴町の広場は、朝から甘い香りに包まれていました。
4月8日。今日は「花まつり」。広場の中央には色とりどりの花で飾られた小さな堂「花御堂(はなみどう)」が置かれ、中には天と地を指差す誕生仏が鎮座しています。
蛙鳴町の朝は、清明の名にふさわしく、透き通った光に満ちていました。 4月5日。この日は「ヘアカットの日」でもあります。エンジニアのスパイスは、広場に不思議な銀色の板を設置していました。
蛙鳴町の西の空が、燃えるようなオレンジ色から深い群青へと溶け始めていました。 4月4日。今夜、太陽に最も近づき、その熱で自らを壊そうとしている「マップス彗星」が、地平線ぎりぎりに見えるはずだと、町の人々は色めき立っていました。
蛙鳴町を流れる小さな川には、古びた石造りの橋がかかっています。 4月3日。今日は「日本橋開通記念日」にちなみ、町では橋の汚れを落とす「橋洗い」が恒例行事となっていました。
春の陽光が、蛙鳴町の駅前広場に柔らかな影を落としていました。 3月30日。広場の隅では、コポーが自作の「カエル天下取り地図」を広げ、真剣な眼差しで独り言を呟いていました。
蛙鳴町の草原は、春の陽光を受けてキラキラと輝いていました。 今日は3月28日。ミニコーは、四つ葉ならぬ「黄金の三つ葉」を探して、地面をじっと見つめていました。
春の嵐が過ぎ去り、蛙鳴町の空気は洗われたように澄み渡っていました。 今日は3月27日。カレンダーには「さくらの日」と記され、町のあちこちでピンク色の蕾が誇らしげに膨らんでいます。
日本がWBCで負けた夜、コポーが広場に座り込んでいた。
「負けた」
「負けたな」
タッチーが隣に来て、空を見上げた。星が出ていた。
「悔しい?」
「悔しい。でも……」
靴の日に、タッチーは新しい靴を買いに行って帰ってきた。
「どうだ。完璧なフォルムだろう」
コポーが覗き込んだ。靴は確かに高級そうだったが、タッチーの長すぎる足の先が、靴の一センチほど飛び出していた。