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  1. 蛙鳴町(あめいちょう)奇譚/

陽だまり鐘の鳴る頃

蝉の声が一段と高くなる頃、駅前広場のしだれ桜は影を長く伸ばし始めていました。

「よし……あと少しで、三時だ」

コポーは、朝から手をつけていた特製の「たい焼き」をそっと日陰に隠しながら、額の汗を拭っていました。渡す相手は、もちろんオヒサマです。

「コポー、そいつを日向に置いちゃ駄目だぞ」

工房から出てきたスパイスが、小さな真鍮の箱を広場の中央にそっと据え付けながら言いました。太陽の傾きだけを頼りに時を刻む、彼渾身の発明「陽だまり鐘」です。針も電池もいらない、ただ影の長さで三時を知らせる仕掛け。

「町のみんなが、同じ瞬間にひと息つけたらって思ってさ」

言葉少なにそう呟いたスパイスの工房の窓辺には、誰にも見せていない小さな鍋敷きが置かれていました。自分の分の茶菓子を、まだ一度も温めたことのないものです。

スパイスがそう呟いた直後――鐘が、こつん、と小さく鳴りました。橋のたもとではモッチーが担いでいた荷を下ろし、池の畔ではケロミが発声練習の手を止めます。町中が、ほんの一呼吸だけ同じ間を分け合う瞬間でした。

「よ、よし! 今だ!」

勢いよく日陰から取り出したたい焼きは、しかし無情にも真夏の熱でぐにゃりと形を失っていました。中の餡がとろけ出し、コポーの手のひらを黒く汚します。

「うわあああ、僕の輝きが……!」

悲鳴を上げるコポーの背中を、しだれ桜の下で桜餅を頬張っていたソンチョーが、フェっフェっと笑いながら叩きました。

「案ずるな。形が崩れたところで、甘さは逃げておらん。むしろ、誰かと分け合うには、ちょうどいい大きさになったのう」

恐る恐る差し出された崩れたたい焼きを、オヒサマは眉をひそめながらつまみ上げ――ひと口食べると、ふい、と横を向きました。

「……別に、美味しいって言ったわけじゃないから」

その頬に浮かんだ夕焼け色の照れを、鐘の音だけが静かに見ていました。

余白: スパイスの工房の鍋敷きに乗ったのは、その日の夜になってようやく、彼自身のための小さな最中だった。


【本日の雫】

  • おやつの日: 8月2日は「おや(8)つ(2)」の語呂合わせにちなむ記念日。日本には江戸時代の八つ時(午後2〜3時頃)に間食を摂る習慣に由来する「三時のおやつ」の文化が古くからある。