梅雨が明けたばかりの蛙鳴町は、しだれ桜の川沿いが眩しいほどの青葉に覆われていた。水銀灯の下の空気は早くも夏の熱を帯び、龍神様の池からは涼やかな風が吹き抜けていく。
池のほとりに置かれた大きなタライの中で、モッチーは収穫したばかりの夏野菜を冷たい井戸水で洗っていた。真っ赤なトマトや、棘のしっかり残るキュウリ、瑞々しいレタスが、水滴を浴びて太陽の光を反射している。
「モッチー、そんなにたくさん野菜を抱えて、まさか一人で全部食べるつもり?」
自作の「カエル天下取り地図」を丸めて小脇に抱えたコポーが、草むらから現れてタライを覗き込んだ。
「いや、これは町のみんなに配ろうと思ってね」と、モッチーは細い目を細めて笑った。「土から採れたばかりのものは、こうして冷やして食べるのが一番美味いんだよ。時間をかけて育った分、力強い味がする」
「ふーん。でもさ、都会のカフェみたいに、キラキラしたお皿に綺麗に盛り付けてドレッシングをかけないと、女の子は振り向いてくれないよ?」
コポーが胸を張ってアドバイスをしていると、日傘をさしたオヒサマが通りかかった。彼女は暑そうに額の汗をぬぐいながら、タライの中の鮮やかな緑と赤を見つめた。
「あら、コポー。また根拠のない大風呂敷を広げてるのね。それにモッチー、何よその泥臭い野菜は。お皿もないのに、そのまま食べるつもり?」
オヒサマは少し意地悪そうな笑みを浮かべて言ったが、喉が渇いているのか、視線は野菜から離れなかった。
モッチーは何も言わず、大きな手でキュウリをパキッと二つに割り、瑞々しい断面にスパイスから貰った特製の塩を少しだけ振りかけて、オヒサマとコポーに差し出した。
「ほら、食べてみてよ。冷たくて美味しいよ」
「しょうがないわね。期待しないで食べてあげるわ」
オヒサマは日傘を傾け、差し出されたキュウリを一口かじった。ひんやりとした涼感と、凝縮された大地の瑞々しさが口いっぱいに広がる。
「うわ、シャキシャキして最高に冷たい!」
コポーが声を上げて喜び、二口目を頬張る傍らで、オヒサマはもう一口かじり、ふいとそっぽを向いた。
「……まあ、この味が、いいわね。悪くないじゃない」
そう言って小さく微笑んだオヒサマの頬は、夏の陽射しのせいだけではなく、ほんのりとトマトのように赤く染まっていた。
モッチーは嬉しそうに、タライから一番大きなトマトを掬い上げて二人に手渡した。
余白: その日の夕方、オヒサマの家のテーブルには、モッチーがそっと置いていった真っ赤なトマトが一つ、夕日に照らされて静かに佇んでいた。
【本日の雫】
- サラダ記念日:俵万智の歌集『サラダ記念日』の代表的な短歌「『この味がいいね』と君が言ったから七月六日はサラダ記念日」にちなみ、7月6日に制定された記念日。