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  1. 蛙鳴町(あめいちょう)奇譚/

泥雨のキックオフ

六月の最初の朝、蛙鳴町の広場には重たい雲が腹を引きずるようにして低くたれこめていた。

コポーは昨晩拾い集めた枯れ枝を二本、広場のはずれに立ててゴールを作り、そこめがけてひたすらボールを蹴り続けていた。足の甲に感触が残るたびに、遠い北米の青々とした芝生を思い浮かべた——あと十日で、世界中の誰かがあの場所に立つ。

「兄ちゃん」ミニコーが新聞を小脇に抱えてやってきた。一面には大きな見出しが躍っている。「ワールドカップ、あと十日」

「知ってる」とコポーは答えて、また一蹴りした。枯れ枝ゴールの隙間を抜け、ボールが草むらに消えた。

「出ないのに」

「うるさい」

コポーが草むらにボールを拾いに行くあいだ、ミニコーは新聞の隅に目を落とした。「台風来る、って書いてある」

「知ってる」それでもコポーは蹴り続けた。

やがてモッチーが川沿いから板と縄を担いで通り過ぎた。「嵐の前に固めとく。カエル山が落ち着かない」と一言だけ言い、コポーのボールに気づきながらも特に何も言わなかった。広場の端を越えて消えていく背中が、少しだけ大きく見えた。

空が白み始めた頃、最初の雨粒がコポーの頭に落ちた。

泥がにじみ、ボールが湿った土の匂いを吸い込んだ。北米の青い芝とは似ても似つかない、蛙鳴町の広場のただ中で、コポーは蹴り続けた。

ゴール代わりの枯れ枝が雨に揺れた。コポーは手で直しながら、「来るんだよ、ちゃんと」と誰にも聞こえない声で言った。台風かワールドカップか、どちらとも聞こえる言葉が、梅雨の最初の雨に溶けていった。


余白: その晩、ミニコーはコポーのボールの隣に読み終えた新聞をそっと置いた。翌朝には濡れて白くなっていたが、「W杯開幕まで十日」の見出しだけ、滲まずに残っていた。

【本日の雫】

  • 2026 FIFAワールドカップ開幕まで10日:6月11日、メキシコシティで開幕。48カ国参加、史上初の米・加・墨3カ国共催。
  • 台風6号(チャンミー)接近:6月1日時点で沖縄に接近中。九州・関東にも影響の恐れ。
  • 梅雨入り:6月1日ごろ、各地が梅雨の季節に入る。