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  1. 蛙鳴町(あめいちょう)奇譚/

青い月の夜に

蛙鳴町の夜は、湿った空気が池の面をゆっくりと揺らし、龍神様の祠の結界が遠い光に白く染まっていた。

「おかしい」

コポーは池のほとりにしゃがみ込み、夜空を見上げて首を傾げた。月は丸かった。間違いなく丸かった。ただ、いつもの満月と何かが違う。丸いのに、どこかこぢんまりとしている。大きな器を使っているのに水が少ないような、そんな物足りなさだ。田んぼのあぜ道から聞こえるカエルの声が、今夜はどこか遠慮がちだった。

「こんな夜に歌うのは、なんとなく好きなんだよね」

池のほとりの石の上で、ケロミが膝を抱えてつぶやいた。誰に届けるでもなく、低くやわらかな声で口ずさんでいる。その旋律は夜の空気に沿って滲み出し、水面に映った月を少しだけ揺らした。

「コポー、今夜の月が気になるか」

しだれ桜の根元から、ソンチョーがフェっと笑いながら現れた。古い茶碗を両手で包み、湯気を楽しんでいる。

「なんか、小さくないすか。いつもの満月と比べて」

「ああ。今夜は今月2度目の満月でな。その分、月が地球からいちばん遠いところにおる。遠いから、少し小さく見えるんじゃ」

コポーはまた空を見上げた。確かに月は丸かった。欠けてもいないし、曇ってもいない。それなのに全力で輝いているはずなのに、ほんの少しだけ、遠かった。

「……損じゃないすか。せっかく満月なのに、普通より小さくしか見えないなんて」

ソンチョーは茶碗をくるりと回した。

「今月にもう一度、満月が訪れるなど滅多にないことじゃ。青い月、とも呼ばれる。稀なものが、常に大きく輝かねばならん道理はないぞ」

ケロミの歌が少し変わった。歌詞ではなく、ただ音の連なりになり、それでも池の空気は穏やかに揺れた。コポーはその音を聞きながら、自分の手を見た。

いつも「目立とう」と思っているのに、気が付くと端っこにいる。声は大きいのに、本当に伝えたいことは喉の奥に引っかかったままだ。満月なのにどこか遠い月のような、そんな自分の感じが、今夜の空とちょうど重なった。

「……じゃあ、遠い満月も、ちゃんと満月ですよね」

「おまえさんが言うと、なぜか説得力があるのう」

ソンチョーはフェっフェっと笑い、茶碗の湯気の向こうで目を細めた。

池に映る青い月は、地上のどんな丸いものより静かに、揺れながらも欠けることなく、そこにあった。

余白: その夜、コポーが「こんばんは」とつぶやいた相手は池の水面に映った月で、本物の月ではなかったが、どちらも同じように揺れた。

【本日の雫】

  • ブルームーン(マイクロムーン):5月31日は今月2度目の満月「ブルームーン」。月が地球から最も遠い位置にあるため通常より小さく見える「マイクロムーン」でもある、滅多に重ならない稀なイベント。旧暦は大潮・望(満月)の日でもある。