蛙鳴町の龍神様の池は、蝉時雨に包まれながらも、水面だけがひんやりと涼を保っていた。今日は年に一度の「みんな泳ぎの日」——子どもたちが橋の下の浅瀬で水しぶきを上げる、夏いちばんの賑わいの日だ。
橋の欄干を撫でる夕風には、線香と藁の焦げる匂いがかすかに混じっていた。石造りの橋のたもとに置かれた素焼きの皿の上で、コポーは震える左手にマッチを握りしめている。
夏の陽射しが照りつける昼下がり、コポーは池のほとりでせっせと笹の葉を編んでいた。
「これで……僕だけの船が完成するぞ!」
出来上がったのは、掌に収まるほどの小さな笹舟だった。帆の代わりに、ケロミの衣装の端切れをそっと立ててある。
朝からじりじりと照りつける日差しが、カエル山の坂道を白く炙っていた。石段の隙間からせり出した夏草の匂いと、遠くの蝉時雨。
「……くっ、ここは俺の担当区域だ。逃げるわけにはいかん」
朝靄の残る駅前広場に、ソンチョーの黒いシルクハットが朝日を跳ね返していた。いつものベンチで桜餅を頬張るその姿に、コポーが息を弾ませて駆け寄ってくる。
朝の駅前広場に、乾いた土の匂いが立ちのぼっていました。コポーは拾ったばかりの毬——龍神様の祭りで使われる、藁を編んで作った古い手毬——を握りしめ、力いっぱい振りかぶります。
記録の蔵の奥、斜めに差し込む昼の光の中で、スパイスが棚の隅から取り出したのは、飴色に磨かれた小さな木箱でした。蓋を開けると、珠のひとつひとつが丸く艶を帯びた、古いそろばんが眠っています。
真夏そのものの日差しが、駅前広場の石畳を容赦なく炙っていました。蟬の声は最高潮で、しだれ桜の葉さえもぐったりと重たげに垂れています。
「立秋? どこがだ……」
夏本番の白い陽が差し込む前、蛙鳴町の空気はまだ夜の名残でひんやりとしていました。石橋のたもとに立つ小さな鐘楼で、ソンチョーが古びた綱をそっと握っています。
夏の陽ざしが本格的な白さを帯びはじめた朝、ソンチョーの縁側では、緑のカーテンが心地よく揺れていました。這わせた蔓には、いぼだらけの実がいくつも重たげにぶら下がっています。
朝霧がまだ薄く川面に残るころ、蛙鳴町の石橋には、いつもより多くの人影が集まっていました。年に一度、欄干に刻まれた龍神様の彫刻を洗い清める「橋洗い」の日です。
夏の日差しが龍神様の池に照り返し、白い光の粒があたり一面に散っていました。記録の蔵の裏手では、蜜蝋の甘い匂いがほんのり漂っています。
「……ダメだ。また潰しちまった」
蝉の声が一段と高くなる頃、駅前広場のしだれ桜は影を長く伸ばし始めていました。
「よし……あと少しで、三時だ」
コポーは、朝から手をつけていた特製の「たい焼き」をそっと日陰に隠しながら、額の汗を拭っていました。渡す相手は、もちろんオヒサマです。
夜明けの靄が龍神様の池を包み込み、水面から立ちのぼる匂いがかすかに苔と土を思わせた。
「見ろよミニコー、これぞ僕特製【虹色水鉄砲】だ! 太陽を反射させて七色の水柱を上げれば、町の女の子たちもきっと……」
夕方の蛙鳴町、駅のホームに置かれた古びた蓄音機が、傾きかけた西日を鈍く弾いていた。真鍮のラッパには、うっすらと埃が積もっている。
「壊さないでよね。記録の蔵から、ようやく借り出してきたんだから」
蝉の声が割れんばかりに響く蛙鳴町の軒先で、コポーは丸めた紙をぎゅっと握りしめていた。明日はいよいよ、龍神様の橋の欄干を磨く「渡り初め」の大役――大勢の前で口上を述べる、コポーにとって一世一代の晴れ舞台だ。
夕方の川風が、しだれ桜の葉を揺らしていた。橋のたもとで長い脚を持て余すように投げ出していたタッチーの前に、スパイスが黙って一枚の雑誌の切り抜きを差し出す。
蛙鳴町の駅前広場は、蝉の声で息苦しいほど賑わっていた。しだれ柳の影に逃げ込むように座り込んでいたのは、麦わら帽子を目深にかぶった女の子だった。膝の上のノートは、まだ一行も埋まっていない。
蝉時雨がわんわんと降り注ぐ龍神様の池のほとりの草原に、コポーは仁王立ちしていた。目には気合の入った赤い布――目隠しだ。
「よし、絶対にキメてやる。かっこよく一発で……!」
夕暮れの蛙鳴町は、まだ日中の熱をたっぷり抱えたまま、蝉の声だけが名残惜しそうに響いていた。井戸端の湯気は夜風にほどけ、龍神様の池の匂いと混じり合う。